大蔵 平三(おおくら へいぞう、1853年1月30日(嘉永5年12月21日) - 1911年(明治44年)8月25日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。男爵。旧姓・大野。
経歴
岡山県出身。医師・大野意俊の二男として生まれる。幼名は岡之介。大蔵建安の養子となる。開成所中退を経て、1872年(明治5年)、陸軍訳官(フランス語)となり、兵学寮12等出仕、同11等出仕、同10等出仕と昇進し、1875年(明治11年)8月、陸軍少尉に任官。1877年4月から9月まで西南戦争に出征し、1882年(明治15年)4月、陸軍騎兵大尉に昇進。陸軍大学校教授、参謀本部第2局員、陸大教官、騎兵第1大隊長を歴任。
1892年(明治25年)11月、陸軍省軍務局馬政課長となり、兼軍馬補充部本部長、騎兵課長、騎兵監などを経て、1898年(明治31年)3月、陸軍少将に進級。軍馬補充部本部長を勤め、1904年(明治37年)10月、陸軍中将となり、1906年(明治39年)2月、休職。1911年春に胃癌に罹患し、療養していたが経過が良くなかったため6月に待命となり、同年8月に死去した。
また、1907年(明治40年)9月21日、男爵を叙爵し華族となる。
1911年(明治44年)8月25日、死去。墓所は青山霊園(1イ21-2)。
栄典
- 位階
- 1895年(明治28年)3月28日 - 従五位
- 1898年(明治31年)4月30日 - 正五位
- 1903年(明治36年)5月30日 - 従四位
- 1908年(明治41年)6月20日 - 正四位
- 1911年(明治44年)8月25日 - 従三位
- 勲章等
- 1889年(明治22年)11月29日 - 大日本帝国憲法発布記念章
- 1895年(明治28年)
- 10月21日 - 旭日小綬章・功四級金鵄勲章
- 11月18日 - 明治二十七八年従軍記章
- 1899年(明治32年)5月9日 - 勲三等瑞宝章
- 1905年(明治38年)5月30日 - 勲二等瑞宝章
- 1906年(明治39年)4月1日 - 勲一等旭日大綬章・功三級金鵄勲章・明治三十七八年従軍記章
- 1907年(明治40年)9月21日 - 男爵
親族
- 長男 松井等(東洋史学者、國學院大學教授)
- 三男 大蔵公望(貴族院議員)
- 弟 浅野応輔(東京帝国大学工学部教授)
脚注
著書
- 巴崙 他 著、大蔵平三 訳『蹄鉄提要』陸軍文庫、1876年9月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/841968。
- 大蔵平三『馬学説約. [本編]』陸軍士官学校、1882年9月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/842017。
- 大蔵平三『馬学説約. 附図』陸軍士官学校、1882年9月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/842018。
参考文献
- 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
- 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
- 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
- 『官報』




