クシヤタマ(櫛八玉、奇八玉)は、『古事記』に登場する神。

概要

『古事記』上巻の国譲りの段に登場する。別火氏の祖とされる。

記述

古事記

建御名方神が建御雷神に降伏した後、建御雷神は再び戻ってきて大国主神に「お前の子である事代主神・建御名方神の二神は、天つ神の御子の命に背かないと申した。お前の心はどうだ」と問いかけなさった。大国主神は「私の子である二神が申した通りに、私も背きません。この葦原中国は、命に全て献上しましょう。ただし、私の住む所については、天つ神の御子が天照大御神の霊魂をお継ぎになる立派な宮殿のごとく、地下の岩盤に宮殿の柱をしっかり立て、高天原にまで届くように千木を高く作ってくださるのならば、私は遠い世界の八十坰手(やそくまで)へと隠居しましょう。また、私の子である百八十の神たちは、八重事代主神を先頭としてお仕え申し上げれば、背く神はいません」と答えて出雲国の多芸志(たぎし)の小浜に天の御舎(みあらか)を造って、水戸神(速秋津日子神と速秋津比売神)の孫である櫛八玉神を膳夫に任命して(別説:櫛八玉神が膳夫になって)天の御饗(みあえ)を献上するときに、祝福の言葉を申し上げて、櫛八玉神は鵜に変化して海底に入り、底にある土を摘んで天の八十平瓮(やそびらか)を作り、海藻の茎を刈り取って燧臼(ひきりうす)を作り、さらにまた海藻の茎で燧杵(ひきりきね)を作り、火を鑽りだして次のように述べた。

「この私が鑽りだす火は、高天原へは神産巣日御祖命の新居に煤が長く垂れるまで焚き上げて、地下へは宮殿の柱が立てられている岩盤にまで焚き込めて、楮の長い縄を延ばし、海人が釣った口の大きい尾鰭の張っている鱸をざわざわと引き上げて、打竹がしなるほどに鱸を仕留めて、天の真魚咋(まなぐい)を献上します」

よって、建御雷神は高天原へ帰参し、葦原中国を言向けたことをご報告した。

考証

神名の櫛は奇(くし)の借字、八は多数、玉は真珠の意として海の霊力を持つ神、あるいは霊妙な多数の霊魂を持つ神と考えられており、多くの霊魂の発動によってあらゆる行為をする様を指しているとされる。『出雲国造神賀詞』に登場する倭大物主櫛𤭖玉命や『古語拾遺』で出雲国に住む玉作の祖とされる櫛明玉命などと似た名称であるため、櫛と玉を冠する神名は出雲にルーツがあると推測されている。

多芸志の小浜に天の御舎が造られた後の記述は原文だと主語がクシヤタマとオオクニヌシのどちらであるのかが明確になっておらず、クシヤタマ及び膳夫について言及される箇所を「櫛八玉神、膳夫と為りて」と訓んで以降の言動をクシヤタマが主体となっているものとする説と、「櫛八玉神を膳夫と為て」と訓み行動の主体は前文から変わらずオオクニヌシのままで、クシヤタマはオオクニヌシの代理で行動しているとする説がある。饗膳である天の真魚咋が献上された相手についてもオオクニヌシとする説、または高天原の天つ神とする説とで解釈が分かれている。前者では主語が曖昧になっているのはクシヤタマとこの神に祀られるオオクニヌシが一体化しているという、クシヤタマに対してシャーマン的要素を見て取れるからであり、クシヤタマがオオクニヌシを祀るために天の真魚咋を献上する過程を自ら述べると同時に、オオクニヌシが祭祀される中でクシヤタマへ憑り移っていく様子を示した結果、人称が未分化な状態での文体が成立したのではないかと論じられている。一方、後者では火を鑽りだした際の台詞をオオクニヌシが本体、クシヤタマが実行を担当して発した言葉と見て、出雲側から天つ神へ祝福の言葉を申し上げ饗膳を献上するという高天原への服属儀礼を表現したものと捉えている。

国譲りの段にクシヤタマが登場する理由に関して、この神を祖と仰ぐ別火氏に神饌の材料を海から集めてくる家業・神事が存在しており、それを基盤とした伝承を『古事記』の当段に書き加え反映させたからではないかとの考察もある。

祀る神社

  • 御門主比古神社(石川県七尾市鵜浦町) - 相殿
  • 飛騨高椅神社(岐阜県下呂市森) - 主祭神
  • 奇八玉神社(群馬県富岡市一之宮) - 祭神
  • 和田津見神社(島根県松江市和多見町) - 祭神
  • 湊社(島根県出雲市大社町杵築東) - 祭神
  • 鹿島神社(島根県出雲市武志町) - 配祀
  • 火守神社(島根県出雲市宇那手町) - 主祭神
  • 櫛八玉神社(和歌山県日高郡みなべ町西本庄) - 祭神(配祀)

脚注

注釈

出典

参考文献

  • 青木紀元 著「鑽火詞私見」、中村啓信、菅野雅雄、山崎正之、青木周平 編『梅澤伊勢三先生追悼 記紀論集』続群書類従完成会、1992年3月。 NCID BN07558109。 
  • 靑木基 著「20 賣布神社」、式内社研究会 編『式内社調査報告』 第十八巻 山陰道1、皇學館大学出版部、1984年2月。 NCID BN00231541。 
  • アンダソヴァ・マラル「古事記におけるオホクニヌシとシャーマニズム─「天の御饗」の考察を通して─」『佛教大学大学院紀要 文学研究科篇』第38号、佛教大学大学院、2010年3月1日、CRID 1050287838683845888、ISSN 1883-3985。 
  • アンダソヴァ・マラル「第五章 古事記と日本書紀─ヤマトからみたオホナムチと出雲」『ゆれうごくヤマト もうひとつの古代神話』青土社、2020年2月10日。ISBN 978-4-7917-7237-7。 
  • 出雲市役所. “膳夫神社蹟 | 出雲市”. 出雲市. 2024年8月2日閲覧。
  • 小倉學 著「30 御門主比古神社」、式内社研究会 編『式内社調査報告』 第十六巻 北陸道2、皇學館大学出版部、1985年2月。 NCID BN00231541。 
  • 上南部誌編纂委員会 編『上南部誌』南部川村、1963年11月3日。 NCID BN12177771。 
  • 島根県神社庁『神國島根』島根県神社庁、1981年4月。 NCID BA8361687X。 
  • 富岡市市史編さん委員会 編『富岡市史』 近代・現代 通史編・宗教編、富岡市、1991年11月19日。 NCID BN01190891。 
  • 中村啓信 訳注『新版 古事記 現代語訳付き』KADOKAWA〈角川ソフィア文庫〉、2009年9月25日。ISBN 978-4-04-400104-9。 
  • 中村啓信 監修・訳注『風土記 現代語訳付き』 上、KADOKAWA〈角川ソフィア文庫〉、2015年6月25日。ISBN 978-4-04-400119-3。 
  • 西宮一民 校注『古事記』新潮社〈新潮日本古典集成(新装版)〉、2014年10月30日。ISBN 978-4-10-620801-0。 
  • 山口佳紀、神野志隆光 校注・訳『古事記』小学館〈新編日本古典文学全集 1〉、1997年6月20日。ISBN 4-09-658001-5。 
  • 和歌山県神社庁. “和歌山県神社庁-須賀神社 すがじんじゃ-”. 和歌山県神社庁. 2024年8月3日閲覧。

関連項目

  • イワカムツカリ - 膳臣(高橋氏)の祖で、同じく料理の神とされる。

外部リンク

  • 櫛八玉神 – 國學院大學 古典文化学事業
  • 御門主比古神社(七尾市鵜浦町11-20) - 石川県神社庁
  • 鵜祭 - 氣多大社
  • 一之宮貫前神社公式ホームページ
  • 賣布神社 - 神社詳細 | 島根県神社庁
  • 摂末社 | 出雲大社
  • 湊社 仮殿遷座祭 | 御遷宮について | 出雲大社
  • 湊社 本殿遷座祭 | 御遷宮について | 出雲大社
  • 鹿島神社 - 神社詳細 | 島根県神社庁
  • 火守神社 - 神社詳細 | 島根県神社庁

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